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福岡地方裁判所 昭和38年(ヨ)309号 決定 1963年10月29日

申請人 斎藤寛 外三二名

被申請人 西日本自動車株式会社

主文

被申請人は申請人らに対してそれぞれ別紙(三)の即時支払額欄記載の金員及び昭和三八年一〇月一日以降申請人らが就労するに至るまで毎月別紙(三)の今後の支払額欄記載の金員をその翌月の一〇日までに各仮に支払え。

申請人らのその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、申請の趣旨

申請人ら代理人は、被申請人は申請人らに対し、それぞれ別紙(二)の請求金額欄記載の金員及び昭和三八年九月一日以降申請人らが就労するに至るまで毎月別紙(二)の一日当り平均賃金欄記載の金員に、その月の日数を乗じた金員をその翌月の一〇日までに仮に支払え。との裁判を求めた。

第二、当裁判所の判断

(一)  疏明資料によつて認められる事実はつぎのとおりである。

(1)  被申請人(以下会社という)は一般乗用旅客自動車運送事業を目的とする株式会社であり、申請人らは会社に運転手として雇傭されている従業員であつて、福岡県下の一般乗用旅客自動車運送業者等に雇傭されている労働者をもつて組織されている産業別単一組合である全国自動車交通労働組合連合会福岡県自動車交通労働組合(以下福自交という)西日本タクシー支部所属の組合員である。

(2)  申請人らを含む会社従業員はもと企業内組合たる西日本自動車労働組合(以下旧組合という)を組織していたが、旧組合が昭和三七年四月一九日頃会社と賃金協定を締結した際右協定は昭和三八年九月分の賃金までは改訂しない旨の確認証書をとり交したこと、又その際会社と約束した賃金協定外の昭和三十八年度の定期昇給に関する取扱いが組合のおもわくどおりに進展しなかつたこと等が原因となつて、組合内部に従来の組合のあり方に対する不満が爆発して、昭和三八年一月二七日の大会において解散決議をするに至つた。

而して旧組合員約八〇数名が即日勧誘を受けて福自交に加盟し、会社従業員のみをもつて構成される支部として発足したが、即日福自交名で会社に対し右事実を通告し、旧組合の解散によつて会社旧組合間の協定一切は消滅したが、福自交組合員に対する賃金のみは新協定成立まで暫定的に前記賃金協定どおり支払われたい旨要求してその了承を得た。

その後数日を出ない間にその余の旧組合員全員一〇数名も福自交に加盟するに至つた。

(3)  昭和三八年二月一五日福自交は上部組織たる全国自動車交通労働組合連合会(以下全自交という)が決定した統一要求を会社を含む福自交組合員を雇傭する全使用者に提示して団交を求めたが、その内容は、労働時間を週四〇時間とすること、賃金を最低五、〇〇〇円引上げること、最低賃金を一二、〇〇〇円とすること、歩合給を運収の一〇%以上とすること等を骨子とするものであつた。

而して団交は福岡県下の全自交加盟単組をもつて組織する全国自動車交通労働組合福岡地方連合会(以下地連という)が各使用者と県下統一団交の方式ですすめる方針の下に、各単組から団交権、争議権、妥結権の委譲を受け、使用者側と先ず団交方式につき同年二月二一日から折衝を開始したが、使用者側は個別団交を固執して譲ろうとしないので、地連は傘下単組に三月一五日四時間の時限ストライキを指令し、尚折衝を重ねた結果、三月二一日に至つて福岡地区と北九州地区に分けて統一団交をすることで了解点に達した。

ところで福岡地区では、会社も参加して、三月二八日から統一要求に関する団交を開始し、四月三日第二回団交に至つて実質的審議に入つたが、使用者側はタクシー料金の値上げがない限り賃金引上げはできないこと、その余の点については一切要求に応じられないことを内容とする回答を示したので、地連は四月五日及び四月一〇日に各二時間の、四月一五日に九時間の時限ストライキを指令した。

而して四月二二日の第三回団交において、使用者側は六月一五日からタクシー料金の一五%の値上げが実現することを前提として、歩合給の率の引下げを内容とする案を提示して、この案を承認しなければ爾後話合いに応ずることはできない旨主張し地連では右案では実質的には賃金の引下げになるとしてこれを拒否して、四月二六日、五月七日及び五月一二日に何れも四時間の、五月一七日に一二時間の時限ストライキを指令した。

ところで支部も地連の指令にしたがつてストライキを行つて来たが、地連では会社が組合組織の切崩しをしたとの判断の下に、これに抗議する意味で支部に対してだけは前記五月一七日の時限ストライキを二四時間に延長して行うよう指令し、更に五月二六日に予定していた二四時間の時限ストライキは他の単組、支部については回避したが、西日本タクシー支部についてのみはこれを決行せしめた。

一方団交は後記ロック・アウトまで更に一回開かれたが何らの進展をみなかつた。

(4)  ところがその間支部所属の組合員の中に、福自交の斗争方針に批判的で、この際支部所属組合員が一斉に福自交を脱退すべきであると主張するものが出て来て、組織の動搖が激しくなつたので、六月一一日支部大会を開催して脱退の可否について論議したが、その挙句約四七名の組合員は右大会の席を蹴つて退場し、即日新たに西日本自動車労働組合を結成したため、支部残留の組合員は申請人らを含めて約五六名になつてしまつた。

(5)  一方会社は同日午後三時車庫に前輪を外した自動車数台を置いて、従業員の就労が事実上できないようにし、同日以後連日にわたる申請人ら福自交組合員の文書による就労申入れを拒否し、同月一八日に至つて福自交に対しては文書をもつて六月一一日からロック・アウトに入つた旨通告し、同月二一日から前記西日本自動車労働組合の組合員を就労させて今日に至つているが、支部の福自交組合員は漸次減少し今日では申請人らのみになつてしまつた。

(二)  申請人らの賃金請求権について

(1)  使用者が雇傭関係にある労働者の労務の提供を拒否した場合には、その責に帰することのできない事由による場合でない限り民法五三六条第二項本文によつて賃金支払義務を免れることはできず、このことは使用者がその争議行為としてのロック・アウトによつて労務の受領を拒否するときにも同様であつて、ロック・アウトの免責性について他に明白な法律上の根拠を見出すことはできない。

而して右免責が認められるのは、労働者の争議行為が、企業の存立自体を危くする程のものである場合は勿論これによつて受ける使用者の損害が異常に大きく、これを受忍させることが信義誠実の原則に照し不相当と認められる場合であることが必要であるが、この場合労働者の正当な争議行為に民事上の免責の認められていることに鑑み、当該争議行為の正当性も吟味されなければならない。

(2)  そこでこの点を本件ロック・アウトについて考えてみる。

(イ) 先ず支部の五月一二日までの六回の時限ストライキが統一要求に関するものであり、五月一七日及び五月二六日の時限ストライキが会社の組織の切崩しに対する抗議の目的を含めたものであつたこと前認定のとおりである。

而して前認定の統一要求の内容を検討してみても一概に過大な要求とは断定できず、疏明資料によれば福自交としては当初から要求事項につき多少の譲歩は止むを得ないものと考えていたこと、会社が組合組織の切崩しをしたと疑われても止むを得ないような事情が各認められる。

したがつて支部の行つた本件争議行為にはその目的の点に不当性は認め難い。

(ロ) つぎに疏明資料によれば五月一二日の時限ストライキまでは何れも前日までに会社に予告されたけれども、五月一七日及び五月二六日には通告がストライキに入つた後になされたことが認められる。

しかしながら一般に労使間で予告についての協定のある場合等特段の事情のない限り、単に予告がなかつたということだけで争議行為が違法になるものとは解し難いところ、本件福自交と会社間にはそのような協定はなかつたことが疏明され、又前記本件争議の経過に照しこれが会社にとつて全く予想のできなかつたものとは認められないのであるから、右争議行為はこの点でも違法とはいえない。

(ハ) 又本件争議行為の態様が時限ストライキのくり返しであつたこと前認定のとおりであるが、そのような争議行為が直ちに違法といえないこと勿論であり、疏明資料によつてこれを個別的にみても何れも平穏裡に行われたものであつて、企業施設に対する会社の支配権を侵害する等のことは勿論争議行為のため通常の就業時間中の企業秩序が殊更紊れたとも認め難い。尤も六月一日に五名の者が九時間、六月五日に七名の者が六時間、六月一一日に全員が七時間それぞれ就労時間中に就労しなかつたことがうかがわれるが、六月一日は支部執行委員が執行委員会に、六月五日は代議員が代議員会に、六月一一日は全員が支部大会に何れも会社の許可を受けた上出席したものであることが疏明され、これをもつて秩序紊乱行為ということはできない。

その他右争議行為に違法の点は認められない。

(ニ) ところで会社が右ストライキにより運収減等に因る損害を受けたことは容易に推認できるが、疏明資料によつても右損害は争議行為に因り通常予想される程度のものであつて、著しくその限度を超え会社企業の存立自体を危くする状態にあつたものとは到底認め難い。

(3)  叙上のとおりであるから、本件ロック・アウトは会社の責に帰すべき事由による労務受領の拒否と認める外なく、申請人らにおいて引続き就労の申入れをしていること前認定のとおりである限り、申請人らはロック・アウトの日である六月一一日以降の賃金請求権を失ういわれはないものと云わなければならない。

(4)  ところで会社は申請人らに対して、新しい協定のできるまでの間とり敢えず昭和三七年四月一九日頃会社旧組合間に締結された賃金協定にしたがつて賃金を支払う旨約束したこと前記のとおりであり、右協定によれば賃金の支払日は毎月一日から月末までの分を原則として翌月一〇日払いとすること、その賃金は本給、非乗務手当、歩合給、割増賃金、夜食手当からなつており、本給は一応定額ということになつているが、欠勤した場合には原則としてその日数に応じた額を控除されること、本給以外の賃金は月々の勤務状態によつて流動するものとして定められていることが疏明されるから、結局その賃金はすべて固定給ということはできず、したがつて申請人らが支払いを受くべき賃金は労働基準法第一二条に規定される平均賃金の算出方法による額とするのが相当であるところ、申請人らの昭和三八年三月分以降五月分までの支給された賃金額の合計は別紙(二)の三~五月支払賃金合計欄記載のとおりであることが疏明されるから、これを基礎として前記の方法によつて計算すると、已に履行期の到来した六月分の額は別紙(三)の六月分欄、七、八月分は別紙(三)の七、八月分欄、九月分は別紙(三)の九月分欄記載のとおりであり、一〇月分以降の額は別紙(三)の一日当り平均賃金額記載の額にその月の日数を乗じた額ということになる。

(三)  仮処分の必要性

疏明資料によれば申請人らは会社から受ける賃金を主たる収入源とする賃金生活者であるところ、ロック・アウト以来全く賃金の支払いを得ることができないため生活に著しく困窮していること、会社がロック・アウトを解除するまで賃金を支払うことは到底期待できず、そうなれば申請人らの生活は更に困窮の度を加えることが明らかであるから、申請人らがロック・アウト期間中の賃金の仮の支払いを受ける必要性があるといわなければならず、その額は前記(二)(4)に記載した額の六割を標準として算出した額をもつて相当と認める。

したがつて申請人らが会社から六月一一日以降九月三〇日までの分として別紙(三)の即時支払額欄記載の金員を、一〇月一日以降の分として別紙(三)の今後の支払額欄記載の金員をその翌月の一〇日までに仮に支払いを受けるのが相当である。

(四)  結論

そうすると申請人らの申請は右の限度においてこれを認容し、その余は却下すべく、申請費用につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 江崎弥 諸江田鶴雄 伊藤邦晴)

(別紙省略)

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